個人情報を含む映像・画像データをAI学習に使う — 匿名化とマスキング

個人情報を含む映像・画像データをAI学習に使う — 匿名化とマスキング

工場や倉庫、店舗で撮った映像を学習データにすると、作業者や来訪者の顔、名札、車両ナンバー、伝票の文字まで一緒に記録されます。個人情報保護委員会のガイドラインは、防犯カメラに記録された映像のように本人を判別できる映像情報を個人情報の例に挙げています。(参照:個人情報保護委員会「個人情報保護法ガイドライン(通則編)」2-1)

この記事では、現場映像・画像に写り込む個人情報を学習データとしてどう扱うかを、写り込むものの洗い出しから、マスキングの方法、提供元への確認事項まで順に整理します。顔を消せば済むかというと、そうとも限りません。消し方によっては、学習させたい情報まで一緒に失われるためです。この記事では、どの情報を消すとどの学習に影響が出るかにも触れます。

この記事は実務の観点から整理したもので、法令の適用は、データの内容や取得の方法、利用目的、第三者提供の有無によって変わります。個別の案件では、必ず自社の法務部門や弁護士などの専門家にご確認ください。

1. 現場映像に写り込むもの — 作業者・来訪者・車両・書類・音声

最初に、映像のどこに個人に関する情報が出るかを洗い出します。顔だけを探すと、名札や伝票のように小さく写るものを見落とします。

写り込むもの映像のどこに出るか見落としやすい点
作業者の顔・体格作業エリア全体同じ人が毎日写るため、顔を消しても体格や服装、持ち場から誰かが分かることがある
名札・社員証・ゼッケン胸元、ヘルメット、腕章解像度が上がるほど読める。拡大処理で読めるようになる場合もある
来訪者・通行人出入口、搬入口、店舗の売場撮影の告知を見ていない人が写る
車両ナンバー搬入口、駐車場、道路取引先の車両も写る。社名入りの車体も取引先の情報になる
書類・画面作業台、伝票、モニター送り状の宛名、ピッキングリストの氏名、PC画面の顧客情報
音声マイク付きカメラ、通話録音会話の中で名前を呼ぶ。声そのものから話者が分かることもある

ガイドラインでは、氏名が含まれるなどして特定の個人を識別できる音声録音情報も、個人情報の例に挙げられています。(参照:個人情報保護委員会「個人情報保護法ガイドライン(通則編)」2-1)映像を目的にした撮影でも、カメラが音声を拾っていないかを確認してください。

作業者が写る場合

作業を撮れば、作業者も映像に写ります。来訪者と違い、作業者は同じ現場に毎日いるため、顔をぼかしても、持ち場やシフト表と照らし合わせれば誰が写っているか分かることがあります。社内で使うデータでも、作業者への説明と、撮影した映像を何に使うかの明示が欠かせません。

もう一つ気をつけたいのが、学習用に撮った映像が、作業者の評価や監視に使われるのではないかという不安です。学習以外の目的に使わないこと、誰が映像を見られるかを、撮影前に説明しておくと合意を得やすくなります。

経済産業省と総務省は、商用目的でカメラ画像を利活用する事業者向けに、配慮事項をまとめたガイドブックを公表しています。撮影の告知や、取得した画像の扱いを検討するときの参考になります。(参照:総務省「カメラ画像利活用ガイドブックver3.0」の公表)

写っている人の権利は、学習データに関わる権利のうちの一つです。著作権や契約上の制限を含めた全体像は、学習データの著作権とライセンスで整理しています。

2. 匿名化とマスキングの違い、どこまでやれば十分か

現場では「匿名化」と「マスキング」が同じ意味で使われがちですが、2つは指しているものが違います。マスキングは、顔をぼかす、ナンバーを塗りつぶすといった映像に対する加工の操作を指します。一方、個人情報保護法には、加工の結果として扱いが変わる「仮名加工情報」と「匿名加工情報」という区分があります。

区分どういうものか学習データでの扱いの要点
マスキング(ぼかし・モザイク・塗りつぶし)映像の一部を見えなくする加工の操作加工しただけでは、法律上の扱いは決まらない。残った情報や照合できる情報次第で、個人情報のままのこともある
仮名加工情報他の情報と照合しない限り特定の個人を識別できないよう加工した情報(法第2条第5項)原則として第三者に提供できない(法第41条第6項)。一方、利用目的の変更の制限は緩和される
匿名加工情報特定の個人を識別できず、元の個人情報を復元できないよう加工した情報(法第2条第6項)規則で定める基準に沿った加工と、含まれる情報の項目の公表などが必要(法第43条)

(参照:個人情報保護委員会「個人情報保護法ガイドライン(仮名加工情報・匿名加工情報編)」2-1-1・2-2-3-3・2-2-3-6・3-1-1・3-2-4)

表のとおり、顔にぼかしを入れた映像がそのまま「匿名加工情報」になるわけではありません。名札や体格、撮影場所と時刻、元の映像との照合で個人が分かるなら、個人情報として扱う前提で設計します。

では、どこまでやれば十分か。判断の軸は、加工後のデータを誰が、何の目的で使うかです。

  • 社内の学習だけに使う — 取得時に示した利用目的の範囲に学習が含まれているかを、まず確認します。加工の程度は、アクセスできる人の範囲と組み合わせて決めます
  • アノテーションを外部に委託する — 委託先に渡す範囲を、作業に必要な最小限に絞ります。顔が要らない作業なら、渡す前にマスキングしておきます
  • 第三者に提供する・購入者に販売する — 本人の同意や、匿名加工情報としての加工など、提供の根拠が必要になります。どの根拠に拠るかで、必要な加工の水準が変わります

第三者提供は原則として本人の同意が必要とされています。(参照:個人情報保護委員会「個人情報保護法ガイドライン(通則編)」3-6-1)どの根拠に拠るか、どの加工で足りるかは、法務部門と一緒に決めてください。

3. マスキングが学習精度に与える影響とトレードオフ

マスキングで精度が落ちるかどうかは、消した情報を、そのモデルが学習に使っていたかどうかで決まります。消した部分がモデルの判断に関係なければ影響は小さく、判断材料そのものを消せば、学習は成り立ちません。

画像認識の研究では、ImageNetの画像に写った人物の顔をぼかしやモザイクで隠しても、物体認識の精度低下は全体で1.0%以下にとどまったと報告されています。(参照:Yang et al., "A Study of Face Obfuscation in ImageNet", ICML 2022)ただし、これは人物以外の物体を当てるタスクでの結果です。人の動きや顔の向きを見たいタスクにそのまま当てはまるわけではありません。

何を消すかによって、影響が出やすいタスクと出にくいタスクは変わります。

消すもの影響が出にくいタスク影響が出やすいタスク
顔(ぼかし・モザイク)物体認識、人物の検出、作業エリアへの侵入検知顔の向き・視線の推定、表情の認識、マスクの着用判定
人物全体(塗りつぶし)設備や荷物の状態の認識姿勢推定、作業動作の認識、転倒の検知
名札・社員証動作の認識、人物の検出名札着用の確認、作業者ごとの動線分析
車両ナンバー車両の検出、車種の判別ナンバーの読み取り、入退場記録との突き合わせ
書類・画面の文字作業の手順の認識伝票の読み取り(OCR)、検品作業の判定
音声(無音化・話者情報の除去)映像だけで完結するタスク音声認識、異音の検知、声かけの検出

この表から分かるのは、「顔をぼかす」は多くのタスクで扱いやすい加工だということです。反対に、人物全体を塗りつぶすと、姿勢や動作を見るタスクでは学習できなくなります。作業者の動きを学習させたいなら、顔だけをぼかし、体の輪郭と関節の位置が残る加工を選びます。

加工の方法そのものも精度に影響します。注意したい点は3つあります。

  • 学習と推論で加工をそろえる — 学習データだけを加工し、本番では加工していない映像を入力すると、学習時と推論時で映像の見え方がずれます。本番でも同じ加工を通すか、ずれの影響を評価で確認します
  • 塗りつぶしの形そのものを学習しないようにする — 黒い矩形で塗りつぶすと、モデルが「黒い矩形のある場所に人がいる」と学んでしまうことがあります。人物の検出が目的なら、ぼかしのように輪郭が残る加工のほうが向いています
  • マスキングの漏れを前提に検査する — 顔検出を使った自動マスキングは、横顔や小さく写った顔、暗い場所の顔を取りこぼすことがあります。抜き取りの目視確認を工程に入れておきます

精度とプライバシーのどちらを優先するかを、一律に決める必要はありません。タスクに必要な情報は残し、不要な情報だけを消すという順で考えれば、両立できる場合があります。両立できない場合は、加工を弱めるより先に、撮影の条件を変えられないかを検討します。撮影時の工夫は次の章で扱います。

4. 撮影時点で減らせるリスクと、後工程でしか消せないもの

後工程のマスキングは、取りこぼしの確認や作業の手間がかかります。撮影の段階で写さずに済むものを減らしておくと、後工程の負担が軽くなります。

撮影時点で減らせるものの例です。

  • 画角の調整 — 作業台の手元だけを撮る、出入口を画角から外す。手元の作業を見たいタスクなら、顔が写らない画角で撮れることがあります
  • 解像度と設置位置 — 名札やナンバーが読めない解像度・距離で撮る。ただし、学習に必要な細部まで潰れないかを先に確認します
  • 音声の記録を止める — 映像だけのタスクなら、カメラのマイクを切っておきます
  • 撮影する時間帯と対象者 — 来訪者の多い時間帯を避ける、説明と同意の済んだ作業者の持ち場だけを撮る
  • 書類・画面の配置 — 撮影範囲に顧客情報の画面や伝票の宛名面が入らないよう、物の置き方を決めておく

一方で、撮影の工夫では避けられず、後工程でしか消せないものもあります。

  • 予定外に画角へ入った通行人や来訪者
  • 作業の対象物そのものに書かれた情報(荷物の送り状、部品に貼られたラベル)
  • 学習に必要な範囲と重なって写る顔(作業者の動作を撮れば、顔も画角に入ることがある)

後工程での匿名化には、検出・加工・目視確認の工数がかかります。工程ごとの費用の積み上げ方は、学習データを自社で揃える費用の内訳の前処理の章で扱っています。

撮影の前に「このタスクに顔は必要か」「文字が読める必要はあるか」を決めておくと、画角や解像度の要件が決まり、後工程で消す量も減ります。撮影計画に、学習に必要な情報と不要な情報の一覧を入れておくことをおすすめします。

5. 提供を受ける側が確認すべき処理内容

学習データを購入する場合や、収集・加工を委託する場合は、個人情報の処理を提供元に任せることになります。「匿名化済み」と書かれていても、何をどこまで処理したかは提供元によって違います。次の項目を確認してください。

確認すること聞き方の例
1.取得時の説明と同意撮影された人には、学習利用や第三者への提供について、どのように説明し、同意を得ていますか
2.加工の対象顔のほか、名札・車両ナンバー・書類・画面・音声のうち、何を加工していますか
3.加工の方法ぼかし・モザイク・塗りつぶしのどれですか。学習させたいタスクに必要な情報は残っていますか
4.加工の工程と検査自動検出ですか、人手ですか。取りこぼしをどう確認していますか
5.加工前データの扱い加工前の映像は誰が保管し、いつ削除しますか。購入者に渡ることはありますか
6.法律上の位置づけ提供するデータを、個人情報・仮名加工情報・匿名加工情報のどれとして扱っていますか
7.委託先の管理アノテーションや加工を外部に再委託していますか。その委託先での保存場所とアクセス権限はどうなっていますか
8.問題発生時の対応写り込んだ本人から削除の申し出や苦情があった場合、どう対応する契約ですか

2と3は、精度に直結する質問です。3章の表と照らし合わせて、自社のタスクに必要な情報が加工で失われていないかを、サンプルで確認してから購入を決めてください。1・5・6は、自社の法務レビューで聞かれることの多い項目です。回答を書面でもらっておくと、レビューが進めやすくなります。

Nextremerでは、現場で取得した実環境データを、用途に合わせた加工とあわせてご提供しています。加工の範囲や方法も含めて、詳しくはデータ提供サービスをご覧ください。

6. まとめ

現場映像を学習データにするときは、顔だけでなく、名札・車両ナンバー・書類・音声まで写り込むものを洗い出すところから始めます。マスキングは加工の操作で、それだけで法律上の扱いが決まるわけではありません。データを誰が何の目的で使うかによって、必要な加工の水準と提供の根拠が変わります。

精度への影響は、消した情報をモデルが使っていたかどうかで決まります。顔のぼかしは多くのタスクで影響が小さい一方、人物全体の塗りつぶしは動作や姿勢の学習を難しくします。学習に必要な情報を先に決め、撮影の段階で写さずに済むものを減らしておくと、後工程の加工と精度の両方で負担が軽くなります。

個人情報の扱いは、学習データの調達方法を選ぶときの判断材料の一つです。自社収集・公開データセット・購入という調達ルート全体の比較は、AI学習データはどう調達するか — 自社収集・公開データセット・購入の比較と選び方で整理しています。

執筆者

  • 喜多 俊之

    喜多 俊之

    株式会社Nextremer 取締役CTO

    2013年に東北大学大学院理学研究科を修了後、三井情報株式会社へ入社。SI部門やR&D部門のエンジニアとして、時系列予測やデータ分析、機械学習に携わる。2017年より大手メーカーのグループ企業にて機械学習エンジニアとして幅広い業種・規模のシステム開発に参画。2019年より現職にて画像認識や対話システムなど機械学習システムの開発を担うR&D部門にてマネージャーを務める。

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