AI学習データの著作権とライセンス — 買う前に確認する条件

AI学習データの著作権とライセンス — 買う前に確認する条件

学習データの調達は、法務レビューで滞ることがあります。技術評価とサンプルの品質確認が終わったあとも、商用利用の範囲を発注側が説明できなければ、契約条件の確認や調整が必要になるためです。

この記事では、AI学習データを購入する前に確認すべき著作権・ライセンスの条件を、契約条項の構造に沿って整理します。読み終えたときに、提供元への質問リストと、法務レビューに先回りして用意しておく回答が揃う状態を目指します。

この記事は実務の観点から整理したものです。個別の案件では、必ず自社の法務部門や弁護士にご確認ください。

1. 学習データに重なる権利を層で整理する

倉庫の作業風景を撮った1本の映像を考えてみてください。学習データとして調達する際は、映像の著作権だけでなく、写っている人や撮影場所、契約の条件も確認します。

著作権上の問題がなくても、肖像・プライバシーや個人情報保護法の確認は別途必要です。本人同意が必要かは、データの内容、取得・利用目的、第三者提供の有無などによって異なります。(参照:個人情報保護委員会「個人情報保護法ガイドライン(通則編)」3-1・3-3・3-6

提供元には、撮影時の対応に加え、学習利用や購入者への提供をどのような根拠で行うのかを確認してください。まず全体像を表にします。

誰との間の話か学習利用で問題になる場面
著作権撮影者・作成者・データ提供元データの複製・加工・再配布。データベースとしての保護も含む
肖像権・個人情報写っている本人顔・名札・車両ナンバーが判別できるデータの取得と第三者提供
施設への立入り・撮影条件撮影場所の管理者・取引先撮影の許可と、撮影許可や秘密保持契約に伴う学習利用・第三者提供の制限
契約上の制限データ提供元との契約利用目的の範囲、再配布の禁止、契約終了後の扱い

日本では、著作権法30条の4により、AI学習に許諾が不要となる場合もあります。ただし、適用されるかは利用目的や方法によります。著作権上の許諾が不要でも、契約上の義務や他の権利・法令の確認は必要です。(参照:文化庁「AIと著作権に関する考え方について」5(1)

2. 「商用利用可」の落とし穴 — 何が可で何が不可か

データセットの説明に「商用利用可」と書かれていても、それだけでは契約書の代わりになりません。「商用利用」という言葉が指す行為の範囲が、提供元によってばらばらだからです。

確認すべきは、次の4つの行為について、どこまでが許されているかです。

  • 社内での学習・検証 — モデルの学習、評価、社内PoCでの利用。それぞれが許諾の対象に含まれるかを確認します
  • 学習済みモデルの商用提供 — 学習したモデルを製品に組み込んで販売する、APIとして外部提供する。「社内利用のみ可」という制限が、データだけでなく学習済みモデルにも及ぶかを確認します
  • データそのものの再配布 — 元データや、加工・アノテーション済みの派生データを第三者に渡すこと。再配布が禁止されている場合は、加工後のデータが禁止対象に含まれるかも確認します
  • 第三者による利用 — 顧客への再許諾(自社が受けた許諾に基づき、さらに利用権を与えること)と、委託先での処理を分けて、認められる範囲を確認します

公開データセットでも、CC BY-NCのように非営利目的を条件とするライセンスがあります。商用製品の開発に向けた社内検証が許されるか、利用条件を確認してください。(参照:CC BY-NC 4.0正式条文・第1条i/第2条a

なお、CCライセンスは、著作権法上の例外・権利制限によって許諾が不要な利用には適用されません。別途合意した契約上の義務は分けて確認します。(参照:CC BY-NC 4.0正式条文・第2条a(2)

検証と本番でデータを差し替える場合には、精度の再評価などの作業が発生します。「検証だけだから」と権利確認を後回しにすると、手間と費用がかさむことがあります。

ライセンス表記だけでは、第三者の権利を含めた権利処理の完了までは確認できません。例えばCC BY 4.0も、第三者の権利を侵害しないことを原則として保証していません。(参照:CC BY 4.0正式条文・第5条

商用利用可と表示された画像データセットにも、学習利用や第三者提供について必要な対応が済んでいない人物の画像や、第三者の著作物が含まれている可能性があります。提供元には「収録物の権利処理をどの範囲まで行ったか」「権利侵害の主張があった場合に誰が対応するか」を確認してください。保証・補償条項は、問題が起きたときの対応範囲を判断する材料になります。

3. 独占ライセンスと非独占ライセンスの違いとコストへの影響

学習データのライセンスには、提供元が同じデータを他社にも提供できる非独占型と、契約で定めた範囲の利用を提供先が独占する独占型があります。

独占ライセンスは、契約で定めたデータ・用途・地域・期間について、提供元が他社へ重複する利用許諾を行わないことなどを約束するものです。独占条件は利用許諾契約に定めることができ、提供元自身の利用を認めるかどうかも合意事項です。(参照:文化庁「著作権契約マニュアル」第2章4(2)・独占的利用許諾契約)既存の提供先の扱いも確認してください。

以下は比較の目安です。費用や納期は、対象データや独占の範囲、新規収集の必要性によって変わります。

観点非独占ライセンス独占ライセンス
費用の構造収集・加工の費用を複数の買い手で分担しやすい他社への提供機会が減る分の対価が上乗せされることがある
入手のしやすさ収集済みデータを利用できる場合は早い独占条件の調整や新規収集が必要な場合は時間がかかる
競合との関係同じデータを競合も購入しうる契約で定めた範囲で他社への重複した許諾を制限する。既存の許諾は要確認
提供元との調整標準契約で対応できる場合がある独占の範囲、提供元自身の利用、既存の許諾などの確認が必要

そこで、「独占が本当に要件なのか」を先に検討します。競合との差別化が目的なら、共通部分には非独占の購入データを使い、自社の現場でしか取れないデータを追加収集する方法もあります。どのデータに独占が必要かを絞ることで、交渉や費用の負担を抑えやすくなります。

新規収集が必要な場合には、収集業務の委託と利用条件を併せて契約する方法があります。当社サービスでは独占利用は標準提供の対象外とし、個別受託案件として相談を受けています。(参照:Nextremer「データ提供サービス」の利用条件・FAQ

4. 契約終了後、学習済みモデルは使い続けられるか

データの利用期間や、契約終了時の返却・削除義務は契約によって異なります。取得済みデータの継続利用と、学習済みモデルの継続利用・提供、再学習の可否をそれぞれ確認してください。(参照:経済産業省「AI・データの利用に関する契約ガイドライン・データ編」第7・契約終了時のデータの取扱い

文化庁は、学習済みモデルが学習元の著作物の複製物とは評価されない場合が多いと整理していますが、一律には判断できません。元データの創作的表現が残る場合や、モデルの出力が第三者の権利を侵害する場合には、別途検討が必要です。(参照:文化庁「AIと著作権に関する考え方について」5(1)カ・5(2))契約上も、モデルの提供や契約終了後の利用・削除について、元データとは区別して明記してください。

「本データおよびその複製物を削除する」という条項がある場合は、「本データ」「複製物」「学習済みモデル」などの定義と、関連する利用条件を確認します。そのデータで学習したという理由だけで、モデルの削除義務が決まるわけではありません。運用中のサービスへの影響を避けるため、終了後に利用・保持できる対象を具体的に合意しておくことが大切です。

確認すべき点は3つあります。

  • 継続利用の明記 — 「契約終了後も、契約期間中に作成した学習済みモデルの利用・提供を妨げない」という趣旨の条項があるか。継続利用の対象と条件を明確にします
  • 再学習・追加学習の扱い — モデルの継続利用とは別に、元データを保持し、再学習に使える期間と範囲を確認します。モデルの更新に契約延長や追加の許諾・調達が必要かも検討します
  • 中間生成物の扱い — 特徴量や埋め込みなども、保持できるか、削除が必要かを契約で定めます

この論点は、契約書のドラフトを受け取ってから気づくと修正交渉に時間がかかります。最初の要件提示の段階で「契約終了後もモデルは継続利用できる前提か」を聞いてしまうのが、結局いちばん早い進め方です。

5. 再販・転売の禁止条項が実務で意味すること

再販・再配布の禁止対象は、元データだけとは限りません。加工・アノテーションした派生データも対象に含まれるか、契約の定義と利用条件を確認してください。(参照:経済産業省「AI・データの利用に関する契約ガイドライン・データ編」派生データ等の取扱い

条項自体は分かりやすいのですが、実務では「第三者」の境界で判断に迷う場面が次々に出てきます。

  • グループ会社 — 親会社が購入したデータを子会社の開発チームが使うのは再配布か。契約上の「第三者」にグループ会社が含まれるかは契約ごとに違います
  • 開発委託先 — モデル開発を外部ベンダーに委託する場合、そのベンダーにデータを渡す行為は再配布にあたるのか。委託先での利用を認める条項(目的内の預託)があるかを確認します
  • クラウドの学習基盤 — クラウド上のマネージドサービスにデータをアップロードして学習する行為が「第三者への提供」と読める契約もあります。保存場所や処理環境の制限があるかを見ます
  • 共同研究先 — 大学や他社との共同研究でデータを共有する予定があるなら、購入前に伝えて契約に織り込む必要があります

学習済みモデルの提供とデータの再配布は、契約で区別して定めることができます。モデル・API・製品への組み込みを予定している場合は、それぞれの利用条件を確認してください。(参照:経済産業省「AI・データの利用に関する契約ガイドライン・データ編」派生データ等の取扱い

提供元による許諾と、第三者の権利確認は別の問題です。共有先の範囲と利用条件を確認し、実際のアクセス権の管理にも反映してください。

6. 契約前に確認する質問リスト

ここまでの内容を、提供元にそのまま聞ける形に直します。商談の段階でこのリストへの回答を揃えておくと、法務レビューで確認すべき条件が明確になり、追加の問い合わせや調整を減らしやすくなります。

確認すること聞き方の例
1.利用目的の範囲学習・評価・再学習のどこまでが利用目的に含まれますか
2.商用提供の可否学習済みモデルを製品・APIとして販売することに制限はありますか
3.ライセンスの型非独占ですか。独占を希望する場合、対象・用途・地域・期間と、提供元自身や既存の提供先の利用はどうなりますか
4.契約終了後のモデル契約終了後も学習済みモデルは継続利用できますか。条項で明記されていますか
5.契約終了後のデータ元データ・派生データ・中間生成物のうち、継続利用できる対象と返却・削除が必要な対象はどれですか。再学習はできますか
6.再配布の境界グループ会社・開発委託先・クラウド基盤での利用は、契約上の「第三者提供」にあたりますか
7.収録物の権利処理撮影・学習利用・購入者への提供について、肖像・個人情報・第三者著作物の確認や必要な同意・許諾はどこまで済んでいますか。マスキングはどの工程で行っていますか
8.保証と補償第三者から権利侵害の主張があった場合、誰がどう対応する契約ですか
9.準拠法契約の準拠法はどこですか(海外ベンダーの場合)
10.追加調達同条件でのデータの追加購入・追加収集は可能ですか

10問のうち1〜6は契約書の条項がそのまま答えになる質問なので、口頭の回答で済ませず、契約書のドラフトか利用条件の文書で確認してください。7と8は、2章で述べたとおり提供元の信頼性がいちばん表れる質問です。回答が曖昧な提供元のデータは、表記がどれだけ整っていても法務レビューを通すのに苦労します。

参考までに、Nextremerでは利用条件を公開しています。非独占型ライセンスで、加工・アノテーションしたものを含むデータ自体の再配布は不可とし、学習済みモデルやそれを組み込んだサービスの商用展開には本サービスのライセンス上の制限を設けていません。第三者の権利や適用法令の確認は別途必要です。(参照:Nextremer「データ提供サービス」の利用条件・FAQ)提供元を比較する際は、こうした条件を先に公開しているかどうかも、確認の手間を見積もる材料になります。

7. まとめ

学習データの権利確認は、著作権・肖像権や個人情報・施設や取引先との関係・契約上の制限という層に分けて見ると、確認漏れを減らせます。「商用利用可」の表示に加え、社内利用・モデルの商用提供・データの再配布・第三者による利用について、ライセンスや契約の条件と、適用法令を確認してください。独占の範囲、契約終了後のデータとモデルの扱い、「第三者」の範囲は、契約書で明記しておくべき論点です。

6章の質問リストへの回答を揃えてから法務レビューに入ることで、確認や調整を進めやすくなります。

権利・ライセンスは、学習データをどう調達するかという大きな判断の一部でもあります。自社収集・公開データセット・購入という調達ルート全体の比較は、AI学習データはどう調達するか — 自社収集・公開データセット・購入の比較と選び方で整理しています。

執筆者

  • 喜多 俊之

    喜多 俊之

    株式会社Nextremer 取締役CTO

    2013年に東北大学大学院理学研究科を修了後、三井情報株式会社へ入社。SI部門やR&D部門のエンジニアとして、時系列予測やデータ分析、機械学習に携わる。2017年より大手メーカーのグループ企業にて機械学習エンジニアとして幅広い業種・規模のシステム開発に参画。2019年より現職にて画像認識や対話システムなど機械学習システムの開発を担うR&D部門にてマネージャーを務める。

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