外観検査に異常検知AIを入れようとすると、同じところで止まるプロジェクトが少なくありません。良品の画像はいくらでも撮れるのに、学習と評価に使える不良品の画像が集まりません。
これはデータを集める側の努力不足ではありません。品質管理がうまくいっているラインほど不良は出ないので、不良品データが少ないのは仕組み上避けられないことです。この記事では、不良品が少ないことを前提に、良品だけで学習する手法がどこまで使えるか、現場で撮るときに何が障害になるか、他社のラインで撮られたデータを使えるかを順に整理します。生産技術・品質管理・DX推進の立場で、異常検知AIのデータ計画を立てる方に向けた内容です。
1. 異常検知に固有の問題 — 不良品データが構造的に足りない
一般的な画像分類ではまずクラスごとに数百〜数千枚の画像を揃えますが、異常検知ではそうはいきません。
不良率が低いほど、データは集まらない
不良率が0.1%のラインで不良品を100個撮るには、単純計算で10万個を流す必要があります。しかも100個がすべて同じ種類の不良とは限りません。キズ、打痕、異物、欠け、変色と種類が分かれれば、1種類あたりの枚数はさらに減ります。品質改善が進むほど不良は減るので、時間をかけても集まる速度は上がりません。
不良の種類が事前に網羅できない
もう1つの問題は、どんな不良が起こるかを事前に列挙しきれないことです。過去に出た不良は分かっていても、材料ロットの変更や設備の摩耗で、これまでに見たことのない不良が出ることがあります。教師あり学習で「既知の不良」を分類するモデルを作っても、未知の不良を見逃すおそれが残ります。
撮れても、偏っている
集まった不良品画像には偏りが出ます。特定の設備トラブルが起きた週に同じ不良がまとめて出る、といった形です。枚数だけを数えると足りているように見えても、中身は1回の事象の繰り返しということがあります。
よく取られる応急策と、その注意点
| 応急策 | 効果 | 注意点 |
|---|---|---|
| 保管している過去の不良品を流して撮る | 実物の不良を確実に撮れる | 保管中に状態が変わることがある。同じ個体を何度も撮ると水増しになる |
| 良品に人工的にキズを付ける | 必要な種類を必要な数だけ作れる | 実際の不良と見え方が違うと、評価が甘くなる |
| 画像処理で不良を合成する | 撮影の手間がかからない | 合成画像だけで評価すると、実運用での精度を見誤る |
どれも有効な手段ですが、評価には実際にラインで発生した不良を使うことを前提にしてください。作った不良で学習し、作った不良で評価すると、検出率は高く出ても実際の不良を見逃すことがあります。
2. 良品データだけで学習する手法とその限界
不良品が集まらない前提に立った手法として、良品の画像だけで学習し、良品から外れたものを異常とみなす「教師なし異常検知」が広く研究されています。
代表的な手法
PaDiMは、学習済みのCNNで画像を小さな領域(パッチ)ごとの特徴に変換し、良品の各位置の特徴を多変量ガウス分布で表す手法です。良品の分布から外れた位置を異常とみなします。(参照:Defard et al. "PaDiM: a Patch Distribution Modeling Framework for Anomaly Detection and Localization"(ICPR 2020 Workshop))
PatchCoreは、良品のパッチ特徴を代表的なものに絞ってメモリに保持し、検査画像のパッチが最も近い良品パッチからどれだけ離れているかで異常を判定する手法です。論文では、後述するMVTec ADで画像単位の異常検知AUROCが最大99.6%に達したと報告されています。(参照:Roth et al. "Towards Total Recall in Industrial Anomaly Detection"(CVPR 2022))
これらの評価に使われているのが、独MVTec社が公開しているMVTec ADです。15のカテゴリに分かれた5,000枚以上の高解像度画像で、学習用は欠陥のない画像だけで構成されています。(参照:MVTec「MVTec Anomaly Detection Dataset」)
論文の数字をそのまま期待できない理由
ベンチマークで高い数字が出ている手法でも、自社のラインで同じ精度が出るとは限りません。
- 撮影条件が揃いすぎている — MVTec ADは対象物を整った条件で撮影した画像です。照明の変動や位置ずれが大きい現場では、良品のばらつき自体が「異常」と判定されやすくなります
- 良品の定義が現場ごとに違う — 外観上は差があっても合格とする「許容キズ」は、工場ごとの品質基準で決まります。良品学習のモデルは、この基準を知りません
- 評価には結局、不良品が要る — 学習は良品だけでできても、しきい値を決め、見逃し率を確かめるには実際の不良品画像が必要です
撮影条件の難しさについては、MVTec社自身が後継として公開したMVTec AD 2の論文が参考になります。透明な物体や重なり合う物体、照明条件の変化などを含めたシナリオでは、評価した最新手法の平均AU-PROが60%を下回ったと報告されています。(参照:Heckler-Kram et al. "The MVTec AD 2 Dataset: Advanced Scenarios for Unsupervised Anomaly Detection")照明や対象物の条件が揃っていない場面では、精度が大きく落ちうることを示しています。
公開データセットのライセンスにも注意
MVTec ADはCC BY-NC-SA 4.0で提供されており、商用目的での利用は認められていません。(参照:MVTec「MVTec Anomaly Detection Dataset」)手法の比較や社内勉強会には使えても、製品化に向けた開発データとして使えるかは、利用条件を確認する必要があります。ライセンス条件の読み方は学習データの著作権・ライセンスで確認すべきことで整理しています。
良品学習は「不良品を集めなくても始められる」手法として有効です。ただし、不良品データが要らなくなるのは学習の段階だけで、評価には引き続き必要だと捉えておくと、データ計画を立てやすくなります。
3. 現場でデータを撮るときの制約 — ライン停止・照明・アングル・タクトタイム
良品学習でも教師あり学習でも、自社のラインで画像を撮る工程は避けられません。ここで問題になるのは、技術的な難しさより、生産を止めずに撮るための制約です。
ラインを止められない
撮影のために生産ラインを止めることは、多くの工場で現実的ではありません。カメラの設置や調整は、定期保全の停止時間や休日に限られます。設置後に画角を直したいと思っても、次の停止日まで待つことになります。試し撮りと本撮影の間に数週間空くこともあります。
照明が一定ではない
外観検査の精度は照明で大きく変わります。天窓からの外光が時間帯や季節で変わる、隣の設備の照明が映り込む、蛍光灯の交換で色味が変わる。こうした変動を含んだまま撮ると、モデルが不良ではなく照明の違いを学習してしまうことがあります。専用の照明とカバーで外光を遮るのが基本ですが、既存設備の隙間に収めるには、カバーの形や取り付け方をその場に合わせて設計する必要があります。
アングルと位置が固定できない
検査用カメラは、対象物を毎回同じ距離と角度で撮れることが前提です。ところが、搬送中は向きや位置がわずかにずれます。治具で位置決めできる工程はよいのですが、コンベヤで流しながら撮る場合は、位置ずれを前提にした撮り方と前処理が必要になります。PaDiMの論文が、位置合わせされていない(non-aligned)データでの評価手順を別途設けているのも、この問題が実務で避けられないためです。
タクトタイムに収める
1個あたりの撮影と判定を、ラインのタクトタイム(製品1個の生産に割り当てられた時間)の中に収める必要があります。タクトタイムが短いラインでは、露光時間を長く取れずに画像が暗くなる、高解像度で撮ると転送が間に合わない、といった制約が出ます。学習用のデータを撮る段階から、本番で使う撮影条件に合わせておかないと、学習時と運用時で画像の質が変わります。
品種切替と季節変動
多品種を流すラインでは、品種ごとに良品の見た目が違います。品種ごとにモデルを分けるのか、まとめて学習するのかで、必要なデータ量は大きく変わります。さらに、材料ロットの切替、金型の更新、季節による温湿度の変化で、良品の見た目そのものが少しずつ変わります。
現場で撮る前に決めておくこと
| 項目 | 決めておく内容 | 決めずに始めた場合 |
|---|---|---|
| 撮影条件 | 本番と同じカメラ・照明・解像度・露光で撮るか | 学習時と運用時で画像の質がずれる |
| 撮影期間 | 品種・ロット・季節をどこまで含めるか | 撮った時期の条件にしか対応できない |
| 不良品の扱い | 撮影済みの不良品を誰が判定し、どう記録するか | 不良の種類と枚数が後から分からない |
| 停止日の計画 | 設置・調整・撮り直しをどの停止日に入れるか | 修正のたびに数週間待つ |
これらの調整は社内で行うため、外注先の見積もりには含まれず、見落とされがちです。工程ごとの積み上げ方は学習データを自社で揃えるといくらかかるかで整理しています。
4. 他社ラインのデータは使えるのか — ドメインギャップの見極め
自社で不良品が集まらないなら、同じような製品を作っている他のラインのデータを使えないか、という発想が出てきます。結論から言えば、使える部分と使えない部分を分けて考える必要があります。
ドメインギャップとは
学習に使ったデータと、実際にモデルを動かす環境のデータとの間にある違いを、ドメインギャップと呼びます。製造業の外観検査では、次の違いがギャップになります。
- 撮影系 — カメラの解像度、レンズ、照明の種類と角度、背景
- 対象物 — 材質、表面処理、色、形状、許容される外観のばらつき
- 不良の出方 — 同じ「キズ」でも、設備や工程によって形や大きさが違う
使いやすいケースと使いにくいケース
| 条件 | 他ラインのデータの使いやすさ |
|---|---|
| 材質・表面処理が近く、不良の発生原因も共通 | 不良の見え方が近いため、学習データの補強に使いやすい |
| 撮影系が違うが、対象物は近い | 事前学習や手法比較には使えるが、本番用には自社で撮り直しが要る |
| 対象物の材質や形状が違う | 不良の見え方が違うため、直接の学習には向かない |
他ラインのデータがいちばん役に立つのは、検証段階で手法や撮影条件の見当を付けるときです。どの手法が自社の不良に効きそうか、どの程度の解像度が必要かを、自社のラインで撮影を始める前に絞り込めます。そのぶん、3章で挙げた停止日の計画や撮影条件を早めに決められます。
一方で、最終的なしきい値の決定と精度の評価には、自社のラインで撮った画像が必要です。他ラインのデータで評価した精度は、あくまで参考値として扱ってください。
5. 実環境データを調達するという選択肢
ここまでをまとめると、異常検知AIのデータ計画は、自社のラインで撮らなければならない部分と、外部のデータで補える部分に分けられます。
| 用途 | 自社ラインで撮る必要性 | 外部データで代替できる範囲 |
|---|---|---|
| 手法の比較・絞り込み | 低い | 近い対象物・不良を含む実環境データで代替しやすい |
| 撮影条件の検討 | 中程度 | 似た条件で撮られたデータで目安を付けられる |
| 学習(良品) | 高い | 自社の良品の見た目は自社でしか撮れない |
| しきい値の決定・評価 | 高い | 最終評価は自社の不良品で行う |
公開データセットは手法比較には便利ですが、2章のとおり撮影条件が揃いすぎていたり、商用利用に制限があったりします。実際の製造現場で撮られたデータを調達できれば、現場の照明や位置ずれを含んだ画像で、検証段階の見極めを先に済ませることができます。自社ラインでの撮影は、その結果を踏まえて必要な範囲に絞れます。
調達するときは、次の点を提供元に確認してください。
- どのような工程・設備で、どの撮影条件で撮られたデータか
- 不良品画像が含まれる場合、その判定は誰がどの基準で行ったか
- 良品と不良品の枚数、不良の種類ごとの内訳
- 商用目的の開発に使えるか、学習済みモデルの扱いはどうなるか
Nextremerは、製造をはじめとする現場で取得した実環境データの提供と、その加工までを扱っています。必要なデータの種類・量・加工レベルによって内容が変わるため、個別にご相談ください。詳しくはデータ提供サービスをご覧ください。
6. まとめ
異常検知AIで学習データが集まらないのは、不良率が低いほど不良品が出ないという製造業の構造によるものです。良品だけで学習するPaDiMやPatchCoreのような手法は有効ですが、不良品データが要らなくなるのは学習の段階だけで、評価には引き続き必要です。
自社のラインで撮る場合は、ラインを止められないこと、照明とアングルの変動、タクトタイム、品種切替と季節変動などが制約になります。撮影条件と期間、不良品の記録方法、停止日の計画を撮影前に決めておくことで、撮り直しを減らせます。
他ラインのデータや外部から調達した実環境データは、手法や撮影条件の見当を付ける段階に向いています。最終的な評価だけは自社の不良品で行うと決めたうえで、検証段階では外部データを使い、自社ラインでの撮影は必要な範囲に絞る。この順序にすると、データが揃わないまま計画が止まる期間を短くできます。
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